もともとは江戸の明暦の大火で罹災して神田連雀町から集団で移住してきた人々の請願により、浄土真宗本願寺派の寺院として創建されました。その後台風により倒壊したため、元禄13年に黄檗(オウバク)宗の賢洲元養禅師が懇請されて再興し禅林寺を開きました。連雀通りに面して八幡大神社の東側にあります。
太宰治と森鴎外のお墓があることでも知られています。これまで多くの作家が森鴎外の墓参りに訪れていますが、太宰治もお参りしたことは作品「花吹雪」からうかがえます。
山門をくぐると右側にイチョウの大木が目につきます。高さ30mで三鷹市の社寺にあるイチョウでは最大、市の文化財に指定されています。境内の左右にはそれぞれ一棟ずつ斎場があり荘厳な雰囲気が漂います。正面広場の真ん中に観音像、左に本堂、奥に方丈があり、その他明暦大火慰霊塔、森鴎外の遺言碑、また墓地には昭和24年に起きた三鷹事件の慰霊碑が設置されています。
葬儀の最中だと少し入りにくい気もしますが、特に何もなければ境内に入ると閑静で落ちついた雰囲気に浸ることができるでしょう。
太宰治や森鴎外のお墓にも自由にお参りできます。太宰治の命日である6月19日には毎年「桜桃忌」の法要が営まれ、たくさんの太宰ファンがお参りに訪れる様子は三鷹の風物詩にもなっています。「桜桃忌」の名称は最後の作品「桜桃」にちなんでつけられました。 |
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| この山門から中に入ります。手前の参道の左右は駐車場になっています。 |
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| 山門の屋根にある魔除けの鬼瓦。本堂の屋根にもあります。 |
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| 太宰治の墓。方丈の裏手の墓地にあります。本堂わきの入り口に案内板があるのですぐ分かります。 |
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| 森鴎外の墓。遺言により本名の森林太郎墓と彫られています。太宰治の墓の斜め向かいの所です。 |
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